「生い立ち・当社の事業への思いetc…」カテゴリーアーカイブ

【プロフィール】生い立ち・当社の事業への思い

◇◆◇ 生い立ち ◇◆◇

昭和37年5月、私は新潟県新発田市に生まれました。
豪雪地の新潟県にありながら、佐渡のおかげで日本海からの季節風が吹き込まず、気候は穏やかでのんびりした土地柄です。生まれたときの私は2450gの小さな赤ちゃんだったそうです。幼少期は内向的で引っ込み思案な子供で、幼稚園のお遊技場にある滑り台は途中までしか登れないし、ジャングルジムなんて登るなんてもってのほか、近づくことすら出来ませんでした。お友達もクラスに1人しかいない。それ以外のお友達とは一緒に遊ぶこともできず、好きなお友達の後ろをついて歩くような存在でした。
何に対してもこんな感じですからいじめられます。小学校中学年ではクラスで孤立するような孤独感を味わいました。不登校にまではなりませんでしたけれど、学校が嫌いで仮病を使ってよく休む子供だったと思います。

   

こんな私が変わってきたのは、小学校5年生くらいのときからです。
一番象徴的に覚えているのは、体育の跳び箱の場面。私のような性格の子供はやってみるまでは失敗する場面を想像して恐怖を感じています。
そして、私は、「友達は出来るのに自分は出来なかったらどうしよう、カッコ悪い、また笑われる。。。」などと思って本気を出さないということが多かったのです。そうです。小学生にして、「チャレンジしなければ失敗もない」ということを経験から学んでいたので、それを無意識に実践していたわけです。
いつも助走では勢いよく走っていくのですが、踏み切りのタイミングが合わない振りをして、跳び箱を飛ばずに止まったり、横に逃げていました。
ところが、本気でやっていないことは、子供にはすぐわかってしまうもので、先生には注意されなくても、クラスの仲間からからかわれるようになりました。
遂には皆んなからはやし立てられ避けて通れない状況になってしまい、勇気を出して思い切りやってみると意外や意外。あれほど怖かったのに、あっけなく跳べるのです。

思ったより簡単に出来るしやってみると怖くない。むしろ楽しいことがわかってきました。
そして、それまでなじられたりからかわれたりしてばかりいたのに、うまくいくと友達から「スゴイじゃん!」「本当は出来るんだ!」と賞賛される。
本気で目の前のことに挑戦すれば、想像していたより簡単にできるし、失敗しても次にどこを工夫すればよいかがわかる、ということに体験を通じて気づきました。
そして、仲間から受けた肯定的なフィードバックが私を勇気づけ、自分の可能性を引き出してくれたように思います。

◇◆◇ 当社の事業への思い ◇◆◇

改めてこの体験を思い返すと、友達から受けた純粋なフィードバックが私に勇気をくれ、それが行動につながって小さいながらも成功体験を積み、更に勇気をもらう。そして、少しずつではあるけれど、自分で主体的にチャレンジが出来るようになってきた。。。思いがあるだけではなかなか行動できないけれど、見守ってくれる仲間がいれば、勇気が出て挑戦できる。挫けそうになるときも、応援してくれる仲間がいれば行動し続けられる。。。

私の原体験にあったことは、まさに思いを現実にするために、チャレンジする勇気が大切で、辛いときや思い通りに行かないときも諦めず行動し続けることが必要だという教えそのものでした。

まず、やりたいという「思い」、そして行動を起こす「勇気」。

そしてそれをくれるのが、周囲から見守ってくれ応援してくれる仲間の存在であり、失敗しても出来るまで止めない地道な努力を続けられるのは、応援してくれる仲間がいるから。それらが相まって私たちの成長を促進してくれるのです。

翻って今の日本の会社のあり方はどうでしょうか?
成果主義が導入され仕事の結果だけで評価されてしまう。
自分の評価を高めるためには、個人で業績を高めることだけが重視され、一緒に働く仲間への思いやりや、自分より経験が浅い人への指導や応援などは忘れられてしまっている。
一方で、立てた予算以上の成果を上げなければ評価されないため、今の力で出来る範囲の課題や目標にしかチャレンジしない。
仕事を自分事として捉えず、言われたことを言われた分だけ無難にこなすという考え方の部下ばかりになれば、リーダーがどんなに頑張ってもリーダーの能力以上の成果は上がりません。

私たちはこの状況を何とかし、日本を世界に対してリーダーシップを執れる存在にしていきたいのです。

当社の研修事業に対する考え方

◇◆◇ うつ病からの立ち直り ◇◆◇

2002年に私はうつ病になりました。
毎日朝7時に出勤し、12時まで仕事をして土日も休めず半年間一日も休めなかったという過重労働が一つの原因でした。
私の心を破綻させたのは、自分自身の内面にもありました。
当時は課長職で仕事を分担できるスタッフはいたのですが、「(部下も)忙しそうだから」「これくらいで音を上げていては自分の能力が低く査定されてしまうから」というような私自身の『考え方』に問題がありました。
また、当時は知識やスキルの量を増やせば、仕事が効率的に行えるようになり、その環境から解放されると信じ、スキルアップにつながる勉強をしていましたが、上位者として心を磨く勉強はおざなりでした。
それは私自身が傲慢であったことの証明でした。
辛いときに周囲に相談したりせず、心の内を打ち明けるような謙虚や素直さに欠けていたこと、そして何より当時の私が、自分の事しか考えていない「利己的な人間」だったことが、私を崖っぷちに追い込んだのだと考えています。

私は半年間の心療内科でのカウンセリングと投薬治療によって無事立ち直ることができましたが、うつ病になるまでの過程、そしてそこから立ち直る過程は、私自身が「自分の自分らしさ」に気づく大切な時間であり、今では、この経験があったから本当に自分らしく生きることができていて、少しは世の中の役に立てるようになったと感じますし、当時私を支えてくださった方々、そして妻に心から感謝しています。

◇◆◇ 今、日本中で起きていること ◇◆◇

全国で管理職者やリーダー職の方々の研修を行いますと、いかに周囲との関係性に意識を向けているかがわかります。人の上に立つようになると質問や相談の内容は、ほぼ100%「人に関わること」です。

仕事は人とのコミュニケーションの連なりで出来ており、人と関わることなしに私たちは仕事の成果を得ることは出来ません。一方で、目の前の人との関係性を維持したいがあまり、仕事の目的や目標が忘れられ、人と本気で関わることを避ける管理職や、組織のパワーで人を動かすため人間関係が悪くなり、結果として業績が低迷するという事例を多く見てきました。
中には昔の私のような精神状態で仕事をしている方もいらっしゃいます。

「この状況を何とかしなければ!」、という思いが当社の原動力になっています。以前の私が誤って踏み込んだ道、知識やスキルの量で解決することではなく、自分の仕事に対する根源的な「考え方」に気づき、私たちの中に本来備わっている「人として正しい考え方」に気づくことによって、私たちは自分の「考え方」の質を変え、私たちは誰もが「自分自身を律するリーダー」になることができます。
人をリードするのはそれからです。

◇◆◇ 当社が目指していることと大切にしていること ◇◆◇

当社は人材育成事業を通じて、誰もが誇りとやりがいをもって活き活きと働ける社会の実現に貢献します。
「誰もが誇りとやりがいをもって活き活きと働ける社会の実現に貢献する」のが当社の役割であり、存在意義です。
そして、そのような会社を1,000社誕生させることを目指し、まず当社が日々の実践によってモデルになります。

これを実現させるにあたり、「全従業員の物心両面の幸福を追求すること」を第一義とします。私たち人間にとって物心ともに満たされることが、優しい思いやりを持って仕事をしていく上で何より大切であり、従業員とその家族の物心両面の幸福を少しでも向上させる努力を続けます。
同時に「足るを知る」ことを常に意識し、贅沢を戒め倹約に努め、何事にも心からの感謝の言葉を唱え、謙虚さを保ちます。

このような活動を通して、自分の仕事に誇りとやりがいをもって活き活きと働く人を一人でも増やしていくのが、私たちセレンディピティ株式会社のミッションです。